会報の17号に、米国のボストン美術館よりも名古屋ボストン美術館の方が見やすかった、といわれたあるご婦人の感想を紹介して、こうした感想の生じた理由のひとつとして、美術館の規模の違いを挙げた。すわなち、ボストン美術館などの名にし負う欧米の大美術館の壮大な規模と展示品の圧倒的な量を前にしたとき、見る側の方に自分の見たいものをはっきりさせておくなり、あるいは数日を費やしてもよいといった時間的余裕を持たない限り、漠然とした印象と疲労感だけを持ち帰ることになりかねない、というようなところまで書いて、一年以上が経ってしまった。実に不様なことだがまとまりをつけねばなるまい。

 確かに名古屋ボストン美術館は誠にこじんまりした施設である。全展示品を時間をかけてゆっくり見たとしても、せいぜい一時間半から二時間位のところで、肉体的な疲労を覚えるほどではあるまい。だが、見やすいというのは、たんにこれだけではないはずである。

 美術館の4階の展示室は年2回開催の企画展会場に当てられていて、米国ボストン美術館の9部門のうち主に一部門から明確なテーマ設定にしたがって作品が選びぬかれて展示されている。5階の常設展(正確にいえば5年間の長期展覧会)も古代エジプトとギリシア・ローマの美術を紹介することに限定されている。このように作品が一定のテーマにもとづいて選ばれていることと、作品のよさや意味をできる限り引き出すべく学芸員が努めている展示方法(会場構成、照明、解説パネルなど)とが、観客の集中力を最後まで持続させ、展覧会の内容を明瞭にとらえるのに役立つ。こうしたことが見やすかったという感想を引き出すのに大いにかかわっていると私は考えている。

 さて、この機会をかりて今年の秋から来年の夏までの名古屋ボストン美術館の二つの展覧会を簡単に紹介しておきたい。

 今秋10月5日から来春2月16日にかけてが第8回企画展「アジアの心、仏教美術展」である。仏教が紀元前5世紀にインド中部に起こり、その後アジア一帯に広まり、わが国には飛鳥時代に伝わったこと、また仏教の興隆にともなって、礼拝や祈願のために寺院をはじめ、そこに安置する仏像や仏画、あるいは荘厳用の工芸品が各地で生み出されたことは、よく知られていよう。この展覧会は、仏教美術の名品によって仏教伝播の跡をたどる一方、それらの美術の表現の仕方が教義の一定の規範にしたがいながらもアジア各地の文化的風土の影響をうけて、どのような変化を見せたかを一望しようとするものである。出展作品は50点。改めて驚かされるのは、このような包括的なテーマを実現できるボストン美術館の東洋美術コレクションの豊かさである。なかでも、かつて門外不出だったビゲロー・コレクションの逸品13点が含まれていることは注目すべきである。

 第9回企画展「印象派とボストン」展は、2003年4月26日から8月31日まで。印象派の絵画は、当のフランスより早くアメリカで、それも特にボストンの人々に評価されて収集され、その多くがボストン美術館に寄贈されたことによって同館の印象派コレクションは世界的に有名になった。この展覧会は、モネ、ドガ、ルノワールなどフランスの印象派の作品を中心として、その影響をうけたボストン出身のアメリカ人画家サージェントなどを加えた絵画50点によって構成される。名古屋ボストン美術館の開館記念展として開かれた第1回「モネ、ルノワールと印象派の風景」展とは違った観点でフランス印象派とその広がりを楽しめるはずだ。

浅野 徹 (あさの とおる)
 東京教育大学教育学部芸術学科卒。東京国立近代美術館美術課長、愛知県総務部文化振興局美術専門監、愛知芸術文化センター愛知県美術館長などを経て、現在名古屋ボストン美術館館長、名古屋芸術大学教授。中村彝画集(日動出版部)など著書多数

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2011年 5月 15日 更新

名古屋ボストン美術館の見やすさ (続)

                                 名古屋ボストン美術館長 浅野 徹

名古屋ボストン美術館の見やすさ
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